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古市街道
     
 平野と古市を結ぶ街道 (おおよそは府道186号大阪羽曳野線)


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明治36年大阪府誌から

 
          「古市街道

本街道は東成郡平野郷町に於ける奈良街道より起り、南向して中河内郡長吉村に入り、同郡大字川邊に於いて大和川を横断し恵我村に入り左岸堤腹に沿い行進すること千餘間にして南河内郡小山村に下り藤井寺村大字岡に於いて長尾街道と合し、又、東南に岐れ本道は南行し同郡古市村大字誉田に於いて東高野街道に連結するものたり。延長二里十七町二十六間、幅員平均二間、奈良街道と略その方向を同じうし、地勢概平坦なれども、河内南部の交通は高野街道により柏原村に出づる捷路あるを以って本道は専平野郷町と古市村との間各村の往来に便せるものの如し。」


古市街道1(平野〜若林



古市街道の起点

平野(大阪市平野区)
平野の奈良街道(現在の国道25号線)宮前東交差点から南に向かう

この東南角に道標があるが、この日は工事中で隠れている

「すぐ 道明寺、左 志ぎ山」
「右 ふじいでら、大峯山上」
「すぐ 玉つくり、左 天王寺」
(弘化二年)

('08/1/6竜田越奈良街道を歩いた時のもの)
田畑門筋を南に進む

「江戸時代から古市街道といわれ、藤井寺や道明寺、大峰山へ行く道で、往来の多い賑やかな道であった。いまも旧環濠内を南北に通る唯一のバス路線である。樋尻門筋から北の筋を通称「魚の棚」と呼び、海産物を扱う店が並んでいた。」(旧田畑門筋の案内板から)

平野十三口の一つ「田畑口」の地蔵
平野の杭全神社のだんじり祭りは七月
九台のだんじりが出て賑やか
(この日はまだ五月なのですが)
田畑口で平野郷を出て南港通りを渡ると区画整理でしばらくは旧街道は消えている

かつての池を埋め立てて建てられた常磐会短大と大学の間の道を進み府道を長原へ向かう


出戸〜長吉

出戸付近
長吉に入りかぎ型に曲がる道の角に常夜燈の竿の部分と思われる円柱の道標が倒れている
(長吉長原三丁目)

「左 道明寺葛井寺大峯山上」
「夜燈 明治十五年三月・・」
「右 大坂 住吉 ・・・」




かぎ型のもう一つの角には地蔵堂がありそこから少し東に行くと志紀長吉神社
志紀長吉神社由緒
 
 

神宮寺であった阿弥陀寺

真田幸村休憩所跡


川辺 
川辺八幡神社
やがて大和川堤へ
大和川

かつては対岸へ「明治橋」が架かっていたが今は少し下流の府道の「明治橋」となっている
「明治橋」は明治初年に川辺から対岸の大堀の大堀八幡神社辺り、東除川の合流地点の上に架けられ、昭和63年に旧橋の400m下流に現在の橋が架けられた



大堀(松原市)


狭山池からきた東除川が大和川に合流(現在は1Kmほど下流で合流)するところに大堀八幡神社がある
祭神 品陀別命(応神天皇)
創建 建武4年(1337年)小川の深井神社から分祀

八幡神社の東の道は現在行き止まりになるが、かつてはここに明治橋が架けられていた
旧明治橋の南詰にあたる地点、対岸は川辺


 
大和川の左岸堤防上が街道

若林


大和川に沿って流れる落堀川(大堀八幡のところで東除川に合流)を渡ると若林の集落
本了寺の法華題目塔

(元は少し下流にあったものではないか)


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