茨木街道1 茨木街道2



茨木街道2
(茨木市)


府道玉川橋に戻り番田水路を渡ると茨木市に入る

旧道の番田水路茨木市側
かつてここに橋があった

しばらく府道を進む
鮎川の府道133号(富田街道)鮎川交差点の手前で一部旧道が残る

                   
   
 
モッピー発見!こんなところで余生を送っていたとは
鮎川交差点(「鮎川」を地元では「アイガァ」という)

富田街道(府道133号鳥飼八丁富田線)との辻

安威川を先鉾橋で渡る
先鉾橋西詰から左へ馬場(現五十鈴町)へ

(先鉾橋を渡り坂を下ったところから府道に分かれ平行して旧道があり茨木街道とされているが、古くは馬場村の中を通っていたものと思われる)
薬師堂 (五十鈴町1)          
本尊は江戸時代初期の薬師如来耳病に霊験あらたかで耳形石が奉納されている
                         
馬場(茨木市五十鈴町)
この先直進は「馬街道」で三島江に至る
茨木街道は右へとり西へ向かう


中津町8
この先街道は右左にカーブしながら府道に合流
末広町4
府道から右に旧街道を進む
阪急京都線のガードを越えたところで西から来た高槻街道が北(右)へ分かれていく
竹橋町1

かつて写真右角に道標があった(現在はある個人宅の庭石になっているとか)
{右 からさき みしまへ道」、「左 京道 そうじ寺」、「寛政十二申歳夏五月」


宮元町付近
本町6で街道はT字路に

茨木街道は左折し南へ向かう
北へ向かう「茨木街道支線」の起点
               
北東角に半分壁に塗りこめられた道標がある

南面 「右 京 八幡 三島江 唐崎 富田 高槻」(茨木街道・高槻街道)
西面 「左 妙見山k亀山中山勝尾寺」
本町から東本願寺別院へ
東本願寺茨木別院(別院町3)

真宗大谷派
慶長8(1603)年、教如上人が開創。現在の本堂は安永6(1777)年に建立されたもの
街道は茨木別院から右へ。高橋筋を西へ向かう
途中、大手町1枝切街道が南へ分かれていく
茨木神社(元町4)

 由緒書きによると「大同二年(807年)坂上田村麻呂が荊切の里をつくりしとき、天石門別神社が鎮座された」と伝えられている
茨木神社HP


東門

茨木城の搦手門といわれ、元和3年茨木城廃城の際にこの地に移築された




元茨木川に架かる高橋
高橋の西南にある道標  

「右 茨木停車場・ 左 大阪 距高麗橋元標四里廿四丁拾間」

ここで茨木街道は直進し「茨木停車場」へ、高槻街道は南へ大阪へ向かう

駅前通りをJR茨木駅方向へ進む
JR京都線の下を越え、すぐ右へ

このガード下は中穂積で亀岡街道から分岐した「中春日街道」でもある
JRを過ぎすぐ北(右)へ春日商店街を行く
倍賀(へか)の道標 (春日3)

   
彫が浅く読みにくい 
「すぐ  かちをう寺」

春日神社(春日3)

拝殿前の石燈籠は鎌倉時代の作で
国の重要文化財


茨木市教育委員会
街道は倍賀池を埋め立てて創られた茨木工業高校に沿って進み、府道大阪高槻京都線を越え、上穂積4丁目で亀岡街道に合流
名神高速を越え郡3丁目に入る

乗雲寺への角に立つ献燈道標 →
「左 大坂」、「右 妙けん たんば」、「妙見山 献燈」
茨木街道はここで亀岡街道に分かれ左折し郡神社手前を郡山へ向かう
浪速少年院手前の「郡山城跡」
道祖本街道が東から合流し道祖本まで同じ道をたどる   
正面が西国街道

ここが茨木街道の起点



角に三本の道標がある
「茨木街道 (右指差)茨木 三島江 枚方道」
「國道第三號路線(左指指)池田伊丹神戸芥川高槻京都道」
「明治三十六年八月 大阪府」
「左 かちをう寺 □西国道」
(方向は違うような)
「右 茨木停車場 そうぢじ」
椿の本陣
西国街道郡山宿本陣
茨木街道終わり

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