小阪街道1 小阪街道3



小阪街道2

(焼野〜徳庵〜長田)





焼野(大阪市鶴見区)


近畿自動車道・中央環状線を越えると焼野
焼野の村の中を進むと突き当たり右へ
浄教寺前で三叉路になりその角の煉瓦塀のところに元治元年(1864)の道標

正(南)面「右 京 守口八は田、左  のミち」
右(東)面「左 大坂 従・・・」
左(西)面「元治元甲子年 ・・・」

裏(北)面「(彫が浅く判読できなかった)」



古宮神社
(鶴見区浜4)
焼野と浜の守護神として祀られてきたが「国際花と緑の博覧会」事業により平成2年、150m西南のこの地に移転してきた
  浜4丁目の茨田北交番の向い、古川堤沿いに南下してきた道との三叉路に道標
   正(南)面「右 佐太 京 左 守口 道 光明講中」
   右(東)面「春(す)く 大坂道」
   左(西)面「大峯山上三十三度 先達武右衛門」
   裏(北)面「すぐ大坂道(右側に建立年月らしきもの「・・・・八月之建」あり)

宗圓寺(真宗大谷派)



中茶屋〜徳庵

古川を東三荘橋で渡ると中茶屋
 中茶屋の道標

 正(南西)面「右 ならミち 左 京みち」
 左面 「もろくち村中茶や」
 右面 「宝暦十一辛巳 」(1761)

 「古堤街道」は古くはここを通っていたものか
やがて徳庵に入り道は寝屋川に突き当たる
大坂から東へ寝屋川沿いの道が古堤街道
徳庵小橋で寝屋川を渡り続いて五箇井路と六郷井路を渡る


ここから東に徳庵街道、菱江街道が分かれていく

大阪市建設局による案内図
徳庵神社 「徳庵神社略記」から
「往昔の沿革と創建については古文書なく不詳なるも・・・天照皇大神・豊受姫大神を祀り、開発の地主神として住吉大神と商業薬事守神として大国主大神を奉斎する。・・・・」
JR徳庵駅前の通り


摂津(東成郡)と河内(中河内郡)の境界線
徳庵駅は明治28年、浪速鉄道(片町から四条畷)の開業時からの駅
比枝神社
(鶴見区今津)

片町線徳庵駅の南の稲田踏切を渡り東大阪市稲田へ



稲田
稲田の道標(稲田本町3)



正面「左 京徳庵きしや道」
左面「八尾 (瓢箪)山道」
右面「明治三十二年二月中旬建之」
観音禅寺
(稲田本町3)

仮名草子の作者でもある鈴木正三を開基とする曹洞宗の寺

金比羅宮は境内の鎮守社
菱江川跡

工事中で親柱4本が横たわっている
「仙人橋」、「大和橋」
(??)

菱江川は元大和川の玉串川が現近鉄河内花園駅付近で菱江川と吉田川に分流
S40年代に玉串川が第二寝屋川に付け替えられたため以北が埋立てられた
存空寺(真宗大谷派)と正行寺(真宗本願寺派)が並ぶ
稲田八幡宮
(鳥居前の東大阪市の説明板)
楠根川跡を渡る

S40年代、第二寝屋川が楠根川に沿って開鑿され、楠根川の旧河床はこの辺り楠根川緑地として公園化されている




しばらく楠根川跡の左岸の元堤に沿って進み、川俣で右岸へ渡る
川俣
川俣神社
(東大阪市説明板)
恩教寺前で左へ
旧楠根川を渡る



長田

大正5年の道標

大正3年大阪電気軌道(現在の近鉄奈良線)小阪駅ができたあと長田と小阪を結ぶ新道が開通し、その分岐にこの道標が建てられたものと思われる


「右 八尾六十三丁、玉造五十丁、小坂停留所十丁」
「左 徳庵十七丁、放出駅十八丁、片町五丁」
「楠根村長田」
「大正五年十月吉日 建之」
   天水地蔵尊

上の分岐から旧道を少し南下したところに地蔵堂があり、道標を兼ねている
(後背上部はなくなり補修されている)
「( )天王寺道 北 大坂道」
「東 野中くわんおん道」


野中観音は東神津(上本町あたり)の「難波寺」と思われるが、
「東」ではなく西にあたるので・・・?
まんうけ地蔵尊

楠根川沿いに南へ進む街道(写真では右方向)と西へ長田神社方面との分岐に祀られた地蔵堂

「元文五庚申年六月二十二日」(1740年)
長田神社と
おかげ燈籠

(東大阪市の説明板)




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