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熊野街道1

八軒家から遠里小野まで






八軒家船着場の跡

天満橋から下の八軒家の船着場は、京から四天王寺、熊野への上陸地点であった
江戸時代このあたりに8軒の船宿があったためといわれる
(土佐堀通沿いの永田屋昆布店前)
八軒家から御祓筋を上町台地へ上って行く
榎木大明神
御祓筋を南下し安堂寺町通で左折し東へ向かう
谷町筋を越え一つ目の五十軒筋を空堀通りまで南下
空堀通りから上汐町筋を南下し、四天王寺へ向かう

四天王寺
熊野権現礼拝石
熊野詣でにはまずこの場所にて熊野権現を礼拝し、道中の安全を祈り熊野古道を南に向かった
阿倍野橋
阿倍野筋を南に向かう
松虫で阿倍野筋から斜めに旧道を進む
安倍晴明神社

阿倍王子神社の飛び地とされている。

祭神は安倍晴明。境域は余り広くはないが、当神社は、「晴明宮御社伝書」によれば平安朝時代の寛弘4年(1007年)、第66代一条天皇の創建とされている。
阿倍王子神社
「阿倍王子権現縁起」によれば、仁徳天皇のご創建と伝えられ、また一説には、往古この地を本拠とした阿倍氏の創建ともいわれています。平安朝の時代より世をあげて熊野詣が盛んになると、熊野九十九王子社第二王子社として、阿倍野王子等と称せられ、たいへん賑ってた。府下、唯一の旧地現存の王子社としても貴重な存在。
阪堺線と合流した街道は姫松で別れ帝塚山東を経て万代池へ
万代池
街道は池の西端に沿っている。

「上町台地の浸食谷をせき止めてつくられた池と思われます。明治の終りころまで、潅漑池として利用されていました。昔は付近に人家はほとんどなく、魔物が住むと恐れられていましたが、聖徳太子が曼陀羅経をあげてしずめたことから「まんだら池」がなまったものと伝えられています。」(住吉区HPから)
街道は住吉大社の東側を通り墨江、遠里小野をすぎると大和川につきあたる。

大和川は宝永元年(1704)に現在の場所につけかえられたので街道は消滅している。
遠里小野橋を渡り堺へ



熊野街道2