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熊野街道5


JR阪和線和泉鳥取駅裏の「波太神社伏拝の鳥居
波太神社はここから西へ2キロほどの阪南市石田にありここから波太神社を伏拝する風習があった

鳥居の下には「南無阿弥陀仏」と石に刻まれている
山中橋の手前を山中川の渓流に沿った旧道に入る。
この時期は草木が生い茂り通行はかなり困難ながら、しばらく進むとようやく人一人が通れるほどの道幅の「琵琶ケ岸懸(びわがけ)」の難所。(説明駒札
びわがけの崖道を抜け住宅地に出たところの公園にある地蔵堂王子跡




山中宿
馬目王子跡(大阪府最後の王子)
     


    山中宿の旧道に入る
旧道は石畳で整備されている

熊野街道であるとともに紀州街道の宿場であった。かつては本陣をはじめ旅籠が20数件あった。

山中宿の南の入口にある賽の神を兼ねた道祖神





桜地蔵

地蔵尊はない
、「葛城二十八宿」の経塚で桜の老木があったので桜地蔵経塚といわれている
境橋
日本最後の仇討ち場

文久3(1863)年、土佐藩士廣井大六の子、磐之助は父の仇である棚橋三郎を討ち果たした。
和泉と紀伊の国境
JRの線路を越えたところにある
中山王子跡
街道そって流れていた山中川は滝畑で西へ別れる

JR阪和線は雄山トンネルへ
街道と阪和自動車道は雄ノ山峠
峠の不動明王
雄ノ山峠を越えた街道は急激に下って行く
JR阪和線を潜りしばらく行くと県道から旧道は左に別れる。

山口王子跡(和歌山市湯屋谷)





墓地の角にある道標
「右加太淡嶋神社道」
上の道標の角を右に行く
このあたりから道に「熊野古道」の表示がありありがたい。
山口神社(和歌山市谷)

JR線はこの神社の裏手で南から西へ大きくカーブしている
川辺王子跡
紀伊駅の手前上野で右(南)へ入って行くと川辺王子跡がある
川辺王子は明治45年に力侍神社に合祀された

畦道のような農道を進んで行く
中村王子跡
田んぼの中に看板だけが立っている
力侍(りきし)神社
天手力男命を祭神とし神社の名の由来も手力男からきている
力侍神社内にある力石


授乳中
川辺の集落にある地蔵堂




旧家の門の角に立つ道標「左北大坂みち」、「根来寺三国一錐鑚不動尊」
紀ノ川の川辺の渡し跡へ向かう

和歌山市熊野街道案内板
川辺橋で紀ノ川を渡り大和街道を越える

  JR和歌山線 布施屋駅

(まだまだ)