前島街道 
     
 高槻の西国街道と牧野(枚方)の京街道を結ぶ街道で、現在の府道17号枚方高槻線にあたる
かつては「前島の渡し」で淀川を渡っていたが現在は渡し船も橋(枚方大橋まではかなり距離がある)もないため通して歩くことはできない


 明治36年 「大阪府誌 第四編」では、
「三島郡高槻村大字上田部に於ける國道三號路線より起り、百三十八間にして高槻停車場に通じ、同村にて高槻街道と交叉し尚東進して大冠村大字東天川に至り天川の西堤防に上り東堤防より淀川の右岸に沿いて五領村に至り、大字前島の渡船により北河内郡牧野村大字阪に通じ穂谷川の堤防に上り國道二號路線に接続して終はる。其の延長一里四町三十一間にして路幅約壹間八分なり。高槻停車場より北河内郡枚方町の北部に通ずる捷路にして、地勢概平坦なりといへども天川、穂谷川及び淀川堤塘前後に於いて少しく坂路あり、且、淀川の渡船の不便言う可からざるものあり其の出水に際しては時々洪漲の害を受け道路欠壊して交通を杜絶すること屡なり。」

より大きな地図で 前島街道 を表示





高槻の上宮天満宮前で、西国街道から前島街道が南へ分岐

JR高槻駅を地下道で越える



芥川宿で西国街道から分かれた枚方街道が右から合流したあと次の通りを左折
   しばらく進み阪急京都線のガードを越え角を曲がり東へ  
古い建物が残る通り     
   
 
   国道171号線を渡り高槻城下を進みやがて圓成寺前に道標

正面(南面)「右 京 山ア 淀 柳谷 ふしみ 宇治 八幡」
東面「左 大坂 吹田 茨木 尼ヶ崎 惣持寺」
西面「萬延元庚申九月吉辰」


(高槻街道の方向を示している)


前島へはここを右へ
   南へ200メートルほど行くと左への道があり、その角に斜めに傾いた道標が立つ  
枚方街道は直進
前島街道は左折 
  南面「右 八はた 淀 前島 舟のり場、
   すぐ 京伏見 山さ記 柳谷 よしみね」 
東面「右 あくた川 かさのも里 のせ妙見、左そうち寺 とん田いばら木」
北面「すぐ 大坂三しまへ からさき そうちヽ ひらかた」
西面「文政八乙酉年四月吉辰」




この道標から東へ少し入ったところが「前島口」で高槻六口(芥川口、京口、前島口、大塚口、富田口)のうちの一つ
   高槻小学校前あたりが「前島口」といわれている
 
     
  東へ一直線   

 新幹線の高架下を越え東天川へ
このあたりはまだ田畑が広がる
 
 
 
 
 
   
 
   東天川
     東天川の集落から桧尾川の堤へ
  中堤橋で桧尾川を渡り前島へ
 春日神社
   
 
     
   前島  
  淀川の堤へ 

かつてはここから対岸の牧野への渡しがあったが、今は渡る方法がない

対岸は牧野(枚方市)


 
牧野
  牧野側の淀川河川敷は牧野ゴルフ場   
 
堤上からかつての渡し場への石段 
 
   
「前島の渡し」
(枚方市教育委員会の案内板)

元は淀川堤防上に建てられていたもの 
「すく下 前島街道 渡場道」
「明治三十九年五月建之 大阪府」
京阪牧野駅を越える  
「左 前島街道 渡場道」
「明治三十九年五月建之 大阪府」

京阪牧野駅を越え穂谷川の堤へ上がった所に前島の渡しへの道標がある
 前島街道終点    
穂谷川の堤で「京街道」に合流(京街道は穂谷川を渡り北へ進む) 
 

TOPへ