大澤街道1 大澤街道2     
   



 
大澤街道 
     
 
 明治36年 「大阪府誌 第四編」では、

 一等補助里道 大澤街道
 起   点 南河内郡川上村大字石川管轄界
 経過地名 南河内郡川上村、長野村
 終   点 南河内郡長野村大字長野假定縣道東高野街道


 五條(奈良県)から河内長野に通じる街道で途中「大澤寺(だいたくじ)」を通ることから大澤街道と云われるようになったなったもの思われる。金剛山地の行者杉の峠を越える道で、一つ北の千早峠越えの「千早街道」同様、山間部の峻険な峠道。
 現在の国道310号線に沿った道。



 
   GoogleMap
   

 
 大澤街道1
(五条〜行者杉峠)

  五條 新町通りの西川に架かる鉄屋橋から大和街道に分かれ蓬莱橋を渡り宝満寺前を北に向かう  
  五條代官所跡

五條市役所のある場所には江戸時代五条代官所があり、文久3年(1863)8月17日、天誅組はここを襲撃した。代官鈴木源内を殺害し代官所を焼き払った。「8月18日の政変」により天誅組は一転して反乱軍に。十津川に立てこもるも9月24日には全滅。

 
五條のゴーちゃん 

 JR和歌山線を越える
  森田節斎頌徳碑
(五條市民会館前)

側の案内板には
「森田節斎は文化八年(1811)に五条に生まれ、儒学者として吉田松陰などの尊皇攘夷の志士たちを教育した。天誅組に参加した志士にも、乾十郎をはじめ節斎の指導を受けた者がいる。この顕彰碑は、明治維新の功労者として節斎を称えるために、明治四四年(1911)に建てられた。」とある
 
  国道310号線を山へ向かう   
中之町で国道から分かれ左へ
すぐにJAの農産物直売所を過ぎた角を右折 
   
   
(不明)
途中の地蔵堂

裏手に何かの形を掘った自然石 
     
     


 

大澤寺 
     
 


五條市教育委員会の案内板


 
   
享保年間の手洗鉢
 
   
 


     
   大澤寺を過ぎたところに右手に「行者杉峠道」とあり山道に入る  
  台風の影響か倒木が多くかなり歩きづらい   
 

 行者杉
 
 
峠の標高 715.5m
 
「金剛葛城山系の河内長野市・橋本市・五條市の3境界地に位置するこの地には、古くより山岳修験道の開祖として崇められている役行者を祀る「祠」があり、その周辺に所在する一群の老齢杉を「行者杉」といいます。
(標高715.5m)
この地は、古来より修験者の行場として人々に崇められ、見守られてきました。」(河内長野市・橋本市・五條市広域連携協議会)

 
   ダイヤモンドトレイルとも交差
 石見川へ下りる
 
   

 
  石見川への下りはかなり荒れた道   
   
 ようやく国道(310)に合流    
   


 
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