大津街道2
 
   
大津街道
     
河内長野と泉大津を結ぶ街道。河内長野から国分町までは國道170号線、国分町から泉大津までは国道480号線に沿っている


一等補助里道  大津街道

 起点地名  南河内郡長野村大字長野假定縣道西高野街道
 経過地名  南河内郡長野村、高向村、天野村、泉北郡東横山村、西横山村、南池田村、北池田村、
                  郷荘村、國府村、穴師村、大津村
   終点地名  泉北郡大津村國道廿九號路線 」 

(明治36年大阪府誌から) 

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大津街道1(河内長野〜福瀬)


河内長野
起点が(河内)長野の西高野街道からとなっていることから、直進する西高野街道から西(左)へ分かれる地点を起点としておきます
(本町で西(左)へ分かれていく地点を起点とすることも)
消防署の前の道
西代神社

御祭神
國常立尊、素盞嗚尊、足仲彦命(仲哀天皇)、氣長足比賣命(神功皇后)、品陀別命(應神天皇)、建内宿禰命、菅原道真公


由緒(神社由緒書抜粋)
創建の年月は不詳
南北朝時代に於いては南方諸将の崇敬が篤かった・・・明治41年浦野神社(品陀別命)、西山神社(素盞嗚尊、足仲彦命、氣長足比賣命、建内宿禰命)、菅原神社(菅原道真公) が合祀された



街道は国道170号線
西代神社からすぐの錦町にある西代観音堂の辻

北(右手前)から滝畑街道が斜めに交差する

西代観音堂と横の地蔵堂
地蔵堂の中の地蔵型道標

「享保四年 右さい所道、
左ふしい寺道」

野作
野作薬師寺(右)

本尊薬師如来の脇侍である白磁観音は聖母マリアを仮託したものといわれている

野作町南で街道(旧国道170号線)が外環状線(新170号線)と交差する手前にある道標

「人皇十四代仲哀天皇御陵 是より二丁・・」」
「すく ふしいてら道 是ヨリ一日五十(百五十?)・・」
「安政三丙辰年八月吉日」

仲哀天皇陵は現在藤井寺市にあるがかつて(江戸時代まで)はこの地の西方の丘陵が仲哀天皇陵とされていた


塚穴古墳(上原地区、ボンズの前)

「石室は江戸時代に組み直され内部を墓地として使っていいたものと考えられます。地元の伝承には大阪城築城の際に古墳の石材を運ぼうとしたところ、何らかの事情により元の場所に戻した、というものがあります。 」(河内長野市上原財産区) ・・・何の事情が興味ありますが。


高向
水落バス停を過ぎたところで斜め左へ入ると高向の集落

(街道は段丘上部面を行くがこの道は段丘の下部に沿っていく。大津街道にはこの先、崖のような急坂を上ることになる。)
中ほどのT字路の角
2種類の道標がある

「すぐ ・・・・、左ふじい寺?」
(判読し難い・・・今後再度現地で確認することとします)

小山田町

広野バス停近くで東天野街道が合流

中尾からの道の合流地点にある道標と地蔵(道標)


「左 まきのお」
「右 ふぢいてら」
「安政四年巳正月」
「上原村・・・」

(東天野街道?)
向って左の地蔵

「右 さかいミち」
「左 まきの尾道」
 
 
 このカーブを曲がったところが天野山門前




天野山金剛寺

「当山は聖武天皇の勅願により行基菩薩が開創し、のち弘法大師が修行された霊蹟であるその後四〇〇年、寺運は衰微し、堂塔・伽藍は荒廃した。時に高野山の阿観上人が、後白河法皇と皇妹八条女院の帰依を受け、金堂等現存の伽藍を復興された。特に八条女院は、高野山より真如親王筆の弘法大師御影を当山御影堂に奉安し、当山を女性が弘法大師と御縁をむすぶ霊場とされ、以後女人高野と呼ばれている。
 南北朝時代、後村上天皇が六年間食堂を正殿として大政を執られた。史上天野行宮天野殿と称するのはこれである。
同じころ北朝の光厳、光明、崇光の三上皇と皇太子直仁親王の御四方も四年の間御座所とされたため、奇しくも南北朝が同座されることとなった。・・・」(金剛寺由緒書から)

 

総門
総門を過ぎ天野川を越えたところに道標がある
「右 葛井寺道 是ヨリ四里」
「左 槇尾山道 是ヨリ七十二丁」
「安政四丁巳年三月建之」


天野川沿いに楼門へ向かう



一面の杉苔の中に鶴島、亀嶋、枯れ瀧などを配置した枯山水の庭


楼門(重文)
(金堂(重文)はこの時解体修理中
本尊は大日如来)
仮本堂
多宝塔(重文)
平安時代の創建
わが国最古の多宝塔の形式をとどめた極めて貴重な建物

(右)食堂(重文)
一名天野殿と呼ばれ、後村上天皇が正平9年から14年(1354〜59)まで正庁とされた。


南面利(和泉市)へ


金剛寺をあとに國道170号線を和泉市南面利へ

左への槇野尾山との分岐に道標がある
「東 じぢゐ寺 大峯山いせ 道」
「南 まきのをみち 」
「西 きしわだ 牛滝山さかひ 道」
「北 文化十癸酉七月建之」


福瀬

善正寺を過ぎ氏之橋を渡り福瀬へ
福瀬戎神社付近

東槇尾川を渡る(上川橋)と北田中
父鬼川を神田橋で渡る

ここで東槇尾川と父鬼川が合流し槇尾川となる

大津街道2(国分〜泉大津)へ
 

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