西国街道 4 (高槻)



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    梶原一里塚跡(梶原二丁目)
旧梶原村の東端に位置し、かつて榎を植えた一里塚が設けられていた
このあと一里塚は芥川へと続く



梶原一丁目
萩之庄

「(左北山本山)寺近道」の道標(別所新町)
上部欠損






八丁畷を北上してきた高槻街道が合流(別所新町)


花之井の碑


古曽部
 
     
        花之井(別所本町)
安時代中期の歌人・能因法師が使用したとされる名水の井戸。別名「山下水」とも呼ばれていて、能因法師の歌の中にも詠まれている
かなり昔から枯れている






能因塚(古曽部)
平安時代後期の歌人である能因は
30歳で出家し古曽部に隠棲した
文塚
能因法師が吟稿を埋めたとされる場所
(嘉永二年)


古曽部
不老水

江戸時代後期から明治時代にかけて、五十嵐家四代の陶工が製造していた古曽部焼の窯跡


上宮天満宮(じょうぐうてんまんぐう)
URL http://www.tcn.zaq.ne.jp/jogu/




(ここから南へ「前島街道」が分岐)





芥川宿 
枚方街道が合流(仇討の辻)

芥川一里塚

(高槻市教育委員会)
 
 芥川宿 提灯屋


金毘羅大権現の常夜燈
文政十二年

「愛宕山献灯」と「橋詰地蔵尊」
街道の北側

「神峰山毘沙門天道右」(享和元年)
芥川橋東詰南側

芥川橋

芥川橋の東詰(芥川宿の西端)の水門


氷室の今城塚古墳まえ、妙見道への道標
大「右石川見山妙見道」、「右芥川山崎京都」、「左豊川池田神戸」
 「此芥川村郡家」(明治四十三年)
壁埋込「右妙見道」(「すぐそうじ寺」(天保六年))
自然石「右ハ妙見、すぐ総持寺」

        妙見街道
今城塚古墳
531年に没した第26代継体天皇の真の陵墓と考えられ、古墳時代の大王陵としては唯一、淀川流域に築かれた古墳
高槻市インターネット歴史館
http://www.city.takatsuki.osaka.jp/rekishi_kanko/rekishi/rekishikan/index.html
富田街道と「巡礼橋」で交差(氷室)