西国街道9(尼崎・西宮)



より大きな地図で 西国街道(山崎通) を表示



師直塚から国道沿いに進むと尼崎市にはいる。
新国道171号線は武庫川の甲武橋に向けて大きく左カーブしていくが、それと分かれて直進する旧国道が街道

しばらく行くと右手に青面金剛(庚申塔)
その前のガードレールに囲われたなかに「武庫村道路元標」がある
(尼崎市昆陽西2丁目)




髭の渡し案内板
(尼崎市)
武庫川手前の髭茶屋跡付近 武庫川 髭の渡し
明治42年甲武橋ができるまで使われていた
    
河川敷の役の行者堂 渡しの対岸
    
渡し付近から見た下流 新幹線(手前)と甲武橋    すぐ下流の堰堤を渡る 堰堤から見た上流
左から仁川が合流する



西宮市
武庫川を渡ると西宮市となり報徳学園の北側を通る。その付近は「一里山町」でかつては一里塚があったものと思われる。
 しばらく行くと山陽新幹線の高架を越え、このあたりでは珍しく畑地の風景となる。
 
下大市西町
 門戸厄神(東光寺)と甲山神呪時への道標(A)

  
   正面「日本三躰厄神明王道」
   右面「すぐ尼嵜大坂 ひだり伊丹池田京道」
   左面「是より西宮江三十丁 尼嵜生魚」

  小
  正面「すぐか婦と山観音 是より十五丁」

              


下大市東町
街道から南へ少し入ったところに建つ道標
(B)
すぐ高木今津道
左尼嵜大坂道
右厄神明王道

      大市八幡神社と神社横の道標(C)
「すぐ尼大阪」
「すぐ厄神明王」









街道は阪急今津線の踏切を越えしばらく行くと西国街道から門戸厄神への参詣道を示した道標がある

「日本三躰厄神明王社」
「すぐ京都伊丹池田道」
「是より門前まで西へ五丁 中山荒神三田有馬道」
文久2年(1862)



       
高野山真言宗別格本山 東光寺(門戸厄神)    (門戸厄神ホームページ)


門戸厄神から再び西国街道に戻る。しばらく行くと広田に入り西を向いていた街道は南に曲がっていく


東川に突き当たる 廣田神社

「廣田神社は、神功皇后摂政元年(201)、国難打破の道を教え、皇子(第15代應神天皇)のご懐妊を告げ、安産を守り、軍船の先鋒となり導き、建国初の海外遠征に大勝利を授けられた天照皇大神荒御魂の御神誨により、御凱旋の帰途、神功皇后により武庫の地・廣田の国(芦屋・西宮から尼崎西部)に御創建されたことが、我が国最古の国史書「日本書紀」に記されている兵庫県第一の古社です。」
  廣田神社ホームページから)
←東川を渡ると街道は西宮中央運動 公園の中を通る

中須佐町付近

東川から離れた街道はJRを越える手前で再度東川に合流する JRを越える

    
海清寺(西宮市六湛寺町)
応永元(1394)年、無因宗因禅師の開山
臨済宗妙心寺派
津門神社


津門神社境内にある
尼崎藩領界碑



染殿池
漢織(あやはとり)・呉織(くれはとり)の伝承を伝える池

(西宮市教育委員会の案内板)
松原天神社


かつては大坂から尼崎を経て西宮へ向かう通称「中国街道」は東川をこの橋で渡り西国街道につきあたった。
(戦災のため道路が変わり、現在、当時の西国街道は残っていない)


西宮宿(本町)

蛭子大神伝説地(札場公園内)
街道は西宮神社につきあたる




西宮神社
(西宮神社ホームページ)
               
                          
国指定重要有形文化財の西宮神社大練塀 道標「左 京都大坂道」、「右 兵庫はり満道」
(寛政十一年)
阪神電車を北に越えたところにある傀儡師故跡



夙川

 


2005.11.20