郡山宿本陣(椿の本陣)


西国街道 郡山宿本陣 (茨木市宿河原町3)

 「西国街道は、京都と西国を結ぶ重要な道であり、江戸時代には西国の大名が参勤交代のときによく利用しました。京都から西宮までの街道沿いには、山崎、芥川、郡山、瀬川、昆陽の五つの宿場があり、郡山宿本陣は、そのまんなかにある宿駅として、重要な役割を果たしてきました。また、御成門のそばにあった椿の木が、毎年五色の花を咲かせたことかr、「椿の本陣」とよばれ、人々に親しまれています。」(茨木市教育委員会発行「史跡郡山宿本陣」パンフレットから)

 梶家の所有で宿帳の最も古いものでは元禄9年(1696年)が残っており、赤穂の浅野匠頭長矩も刃傷事件の前年、最後の参勤時に宿泊している。廃藩置県まで利用されていた。

 たまたま、このとき(2009/3/7)特別公開されていたので見学してみたもの。現当主梶氏からいろいろとご説明をいただいた。
   街道から  
   御成門と入った左手にある「五色夫婦椿」 

子守唄に「音に名高いご本陣の椿 折って一枝欲しうござる」、また雲助唄に「ここは郡山ご本陣の椿 どんな雀も巣をかける」
と唄われていた

現在は二代目の椿
 
     
  茶室(右)
四国丸亀藩主京極能登守から拝領したもの 
 
  米倉(左) 
納屋(右)
 
   関札と火縄銃  
  上段の間  
     
 


本陣案内板