奈良街道1 奈良街道3
奈良街道5 奈良街道6



奈良街道3
柏原から
柏原市つづき
大和川右岸を遡る
このあたりが付替え部分

石川が合流
大和川の付替えなどに伴い奈良街道は時代と共にルートを変えている。今回は国豊橋ができてからのルートをたどることとした。
が、これは現在の国道25号線とほぼ同じルートであり、大和川左岸の国道そのものを長距離歩くのは危なくて楽しくないので途中(夏目茶屋)からは旧のルートをたどってみた。

国豊橋
現在の国道25号線の橋
 明治3年に始めて板橋が架けられた


国分
国豊橋を渡りすぐ左へ下りたところの国分本町
古い建物が残る落ち着いた街
ここで長尾街道と合流
国府本町5で長尾街道は右へ別れていく
東南角に道標がある

柏原市教育委員会の説明板
  
「左大坂さかい」、「右ハたゑま はせ よしの」、「左ハたつた ○○山 なら」

国分神社 鎌倉時代の創建 大国主命 小彦名命 飛鳥大神を祀る。
 境内裏山は松岡山古墳(古墳時代前期の前方後円墳)
大和川は芝山を巻き込むかたちで大曲り

芝山の麓を進み一旦国道に出る。ジェイテクトを過ぎたところに吊り橋があり、その南の橋詰に「夏目茶屋の渡し」跡の表示がある。
明治初期、王寺までの大和川左岸沿いの街道(現在の国道25号線)が整備されるまで国分から左岸を来た街道はここで右岸の青山に渡っていた

川端橋
国分東条と対岸の青山を結ぶ吊橋

吊橋の国分側にある「夏目茶屋の渡し」の説明板(柏原市教育委員会)


吊り橋から上流を望む

青谷青少年運動広場から青山へ

JR大和路線を越える
街道は大和路線に沿って進む

河内堅上駅
昭和6年の亀の瀬地すべりにより関西本線亀の瀬トンネルが崩壊したため翌7年に対岸に新線を敷設
昭和6年、亀の瀬地区の山塊が地すべりを起こし大和川の河床が隆起 付近の浸水被害や関西本線亀の瀬トンネルも崩壊
昭和37年より地すべり対策が行なわれ現在も工事が続けられている(国土交通省近畿地方整備局大和川工事事務所)

旧線路跡

峠八幡神社と地蔵堂  
地蔵堂の角に「松谷御堂是ヨリ六丁」の道標
(松谷御堂とは雁多尾畑の光徳寺のこと)
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