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奈良街道5
斑鳩から大和小泉
法隆寺周辺から始まります
藤木古墳

法隆寺の西大門に続く西里の町並み
西里はもともと法隆寺を支える大工集団の本拠地であった

法隆寺

中宮寺
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並松から北へ法隆寺参道を進み南大門の手前を右折
突き当りを左折し北へ向う
南西角の山本商店前に道標がある
(法隆寺2)
夢殿前を右へとり東へ約1Km進むと富雄川
橋を渡らず左へ小泉(大和郡山市)へ向かう

小「従是十町西三井法輪寺」
大「大聖歓喜天法起寺七丁」

小泉町 
小泉神社
石州流茶道宗家高林庵と薙刀堀
片桐且元の弟貞隆の子で大和小泉藩2代藩主の片桐貞昌(石州)は徳川家綱の茶道指南であった
小泉城跡
「南北朝ころから名をあらわした有力な小泉氏の館が周囲より一段高いこのあたりにおかれていました。これが小泉城のはじまりです。江戸時代の元和9年(1623)、片桐貞隆が、この中世の小泉城を利用するかたちで陣屋を構え、小泉藩が成立しました。その後、延宝元年(1673)に内堀が完成し、陣屋としての体裁が整ったといわれています。また街道沿いに城下町も形成されました。北ノ町、本町、中之町には今もその面影が残されています。」(大和郡山市教育委員会の説明板から)
小泉の町並み


金輪院
「一國一宇 庚申堂」として有名


慈光院
寛文3年(1663)当地の大名片桐石見守貞昌(石州)が、父貞隆(慈光院殿雪庭宗立居士)の菩提寺として自分の領地内に、大徳寺185世玉舟和尚(大徹明應禅師)を開山に迎え建立した臨済宗大徳寺派の寺院」 (慈光院説明書から引用)
茨木城楼門
「石州の伯父片桐且元が城主であった摂津茨木の城は石州の出生地でもあるが、後に徳川家康が発した一國一城令により取り壊されてしまう。その中の楼門(櫓門)を貰い受け移築し屋根を書院と合わせて茅葺に葺き替えて当院の山門とされた」(同引用)

書院(国重要文化財)

東側は大和平野を借景としているが平野の開発が進むにつれて景観への影響を受けている

本堂

富雄橋を渡り九頭神池から西の慈光院方面を望む
街道は富雄川を越え大和郡山へ向かう
奈良街道6
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