富田林街道2 富田林街道3



富田林街道

 堺市北区黒土町で竹之内街道から分岐し、富田林までは府道35号堺富田林線に沿って進み、富田林からは国道309号線に沿い水越峠を越え奈良県御所市西寺田で下街道に合流する。

 以下は明治36年「大阪府誌」から引用
 「本街道は南河内郡金岡村大字長曾根に於ける竹之内街道より起り、少しく東南に偏して同郡日置荘村、黒山村の諸村を過ぎ同郡平尾村大字平尾より廿山山脈を横断し富田林町に出で東高野街道と交叉し大伴村中村赤阪村を経て同郡河内村大字上河内の深山に入り、葛城山脈水越峠國界より奈良縣南葛城郡に通ぜり。管内の延長六里二十三町十一間にして幅員約八九尺に過ぎず、且、金岡村と平尾村との間は概して曠茫たる平野なるに拘はらず、屈曲紆回して用水池の堤塘に據る所又高低する所多し。平尾村以東富田林町に至るの間は廿山々頂を経過し、其の勾配往々にして急峻なる所あり。富田林町以東葛城山脈に登るの間懸崖起伏甚しく南進するに随ひ愈険岨にして交通至りて稀なり。」


富田林街道1
(堺市北区〜美原区)


堺市北区
富田林街道の起点
堺市北区黒土町1番地

左が竹内街道
富田林街道はここから右へ
信濃池(中百舌鳥3)

池の主である龍王を祀った社
このあたり街道は府道35号を中心に旧道が左右に縫っていく
(堺市北区金岡町(金田新田))
金岡町1614
府道から右(南)へ旧道に入ったところに地蔵堂がある

「子安地蔵」とあり道標型地蔵が祭られている
「右(不明)」「左(不明)」





堺市東区

日置荘西町
初芝駅付近
前池公園前にある「日置里」の常夜燈(日置荘西町)
文政の頃この地の大庄屋である日置氏(吉村氏)が建てたもの
萩原神社(萩原天神)          神社HP

毎年昭和の日(4/29)に奉納される「泣き相撲」でも有名

日置荘西町2
日置荘小学校手前の道標

「左ならふしい寺、右いせ大峯登山道」
「天保八年丁酉十一月建」(1837年)

街道はここから右へ新池の方へ


新池を周り込んで北余部まで旧道をいく
堺市東区役所手前の辻から南へ向い、日置荘原寺町の南海高野線踏切の手前で左(東)へ
その角に地蔵堂がありおそらく道標を兼ねていると思われる

堺市美原区
阪和道を越え堺市美原区に入り東へ進む
中池を回り北余部へ
府道35号と26号大阪狭山線の北余部交差点の少し南で街道は下高野街道と交叉する


「駒地蔵」(中央)
この先西除川を高橋で渡り黒山小学校までしばらくは府道を行く
畜魂之碑(美原区阿弥)
日清、日露、支那事変、大東亜の各戦役の諸霊を弔いその偉業を称える碑
黒山小学校を過ぎた角を右(南)へ折れ舟渡池へ
舟渡池
国道309号線舟渡南交差点手前で中高野街道と交叉する


美原区平尾

平尾の交差点で左(東)へ
突き当たりに地蔵堂
街道は地蔵堂手前を右へ曲がっていく
平尾の地蔵堂
和泉街道との辻に立つ道標
(平尾)

「右さかい 左ふく町
「南 金剛山 東いせ 道」

光丘カントリー越に見える水越峠
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