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牛瀧街道
(その1)



岸和田と牛滝とを結ぶ街道
岸和田市内、紀州街道から分かれ沼町で南海本線を越え右に岸和田天神宮を見て下松でJR阪和線を越えるとやがて小栗街道と交差。
額原を過ぎ久米田池の堤防上をしばらく行き、岡山(旧新在家)を過ぎると包近(かねちか)で和気街道と合流する。さらに牛瀧川沿いに山直中町、積川を過ぎ、やがて内畑で父鬼街道支線と交差。阪和自動車道の下を越え川沿いに溯っていくと大沢町でさらに進むと牛滝大偉徳寺に。
岸和田からは府道230号春木(和泉)岸和田線に沿って、包近辺りからは府道40号岸和田牛滝山貝塚線と平行に、内畑手前からは府道そのものとなる。

大阪府誌(明治36年)から
一等補助里道
起點地名 泉北郡山瀧村大字大津(大澤?)
經過地名 泉北郡山瀧村、泉南郡山直上村、山直下村、南掃守村、沼野村、岸和田町
終點地名 泉南郡岸和田町國道第廿九號路線
里稱    四里〇三町

大津(大澤の誤りでは?)が起点となっていますが今回は逆に岸和田から出発し牛滝へ。また、牛滝からは峠越えせず葛城山頂へ出て水間街道を下ってきました(水間街道は別ページに作成予定)



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紀州街道の岸和田から分かれ牛滝へ
加治屋町から始めます

NHK朝の連ドラ「カーネーション」のロケ地のひとつ



寺町筋

円教寺(左手前)
本照寺(左中)
西方寺(左奥)
本徳寺(右)
五軒屋町の曲がり角の道標

「右 和哥山道」
「左 わけ くめた道」

南海本線の下を越えたすぐ右手に岸和田天神宮(沼の天神さん)の参道
(「天神宮」という名称は珍しく豊中の服部天神宮と御幸森天神宮くらいか)
岸和田天神宮
(通称 沼天神)


由緒
岸和田天神宮HP





別所町西で左へ府道230号を進む


別所

旧牛滝街道一本松跡地

木の古い案内板があるが下半分の文字が長年の雨風で消えたか読めません

ここは左へ
別所町3

三叉路の角に地蔵型道標
「右牛たき近(道?)」
「左まきお山(還?)」
岸和田市立産業高校前を通り国道26号線(第二阪和国道)を越え下松郵便局前で府道から分かれ左へ
やがて春木川を渡りすぐに続けてJR阪和線の踏切を越える
 
JR阪和線下松駅の大阪寄りの踏切を越えしばらく進むと小栗街道と交差(額原)

(旧道の辻は50mほど南)
小栗街道との辻


池尻
池尻町に入ると左手に古墳の丘が見える
(無名塚古墳)

久米田池が見えてくる


久米田寺



大門
行基四十九院の一つ
久米田池の維持管理
のため天平10〔738〕年
建立



[自主学習グループみち・岸和田市教育委員会の案内板]
多宝塔と金堂

開山堂(行基堂)


久米田池

聖武天皇が行基に命じて14年かけ天平10(738)年完成。大阪府下で最大のため池

一番樋説明板





牛滝川から分水して久米田池へ水を運ぶ栄川
岡山町内の栄川

久米田池とともに掘られた運河


念仏橋で牛滝川を渡り小倉(三田町)へ
  
 



包近(かねちか)


「右 さかひ 左 きしわだ」
包近で和気からきた和気街道が合流

道標を兼ねた地蔵堂がありその左には石の道標

「右さかい 左岸和田」
山直(やまだい)中町
山直中町で右へ
旧道を辿る

道端の民家の一角に宝篋印塔。「建造物 宝篋印塔」とあるが説明板等はない


稲葉
山直南小学校で新道に合流
三輪福の井坂酒造

文政元年(1818)の創業

コンビニ発見
(コンビニはどこにでもあると油断するとお昼抜きになる)
積川
  積川神社

国宝 積川神社御由緒略記(位置岸和田市積川町三四九番地)
 御祭神 生井神 ・栄井神 ・綱長井神 ・阿須波神 ・波比岐神
当神社は崇神天皇の御代に創立され前に牛滝川、後ろに深山川の相会する処で積川の称がある。
 延喜式内社で和泉五社に列し、勅願社として朝廷の崇敬も厚く優遇され格式の高い神社として有名。二五〇〇坪の広大な境内の奥に檜皮葺の御本殿(三間社流造)があり、慶長年間に豊臣秀頼が片桐且元に命じて大修理を加えられ、現在に至る。その様式は桃山建築の粋を極め優雅広大、特に高欄の彫刻は鮮美。依って大正三年特別保護建造物に指定さる。
 社宝として白河上皇御宸筆の扁額神像は重文指定。その他淀君奉納の神輿、楠正儀寄進の石燈籠、古鏡、古文書多数ある。
奉納 一九八六年十月吉日 岡本義広」


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