和歌山~小倉 岩出~打田 粉河~笠田 妙寺~橋本 橋本~五條


大和街道3


粉河~笠田



粉河

「右いせ・・・」、「左こかわてら」


藤崎井用水路沿いに
雨に霞む粉河方面 粉河寺

淡路街道との分岐(合流)点に立つ常夜燈と自然石の道標

淡路街道はここを起点として粉河、根来、加太へ


西高野街道との辻にある常夜燈型道標と電柱の陰に立つ道標
常夜燈「右かうやみち、弘法大師永代常夜燈、左いせまきのを道」

お大師さんの井戸

冷たい水が湧き出し飲むことができる

高野の辻を南に入ったところ

「右いせ」?

JR線を越えるとすぐに地蔵堂があり台座が道を示している(東野)


名 手

名手市場の町並み JR名手駅






旧名手郵便局
(昭和3年建築)









旧名手宿本陣

(紀の川市教育委員会案内板)
現在の建物は正徳4年(1714)の市場村の火災の後、享保3年(1718)に新築されたもので国指定重要文化財

また、妹背家住宅は華岡青洲の妻加恵の実家である
御座の間 主屋の座敷
カマド 米蔵には唐臼など昔の農具が展示されている
名手宿の東端の名手谷川に架かる小島橋 名手八幡神社






青洲の里
(紀の川市西野山)
(2006.9.3)
青洲の里へ

華岡 青洲

宝暦10年(1760)10月紀伊の国名手荘平山(和歌山県那賀郡那賀町(現在の紀の川市西野山))に生まれる。京都で3年間の医学(古来の医術とオランダ式医術)を学び、1785年帰郷して父・華岡直道の後を継いで開業。

麻酔薬の開発を始め,研究を重ねた結果、曼陀羅華(まんだらげ)の花(チョウセンアサガオ)、草鳥頭(そううず:トリカブト)を主成分とした6種類の薬草に麻酔効果があることを発見。動物実験を重ねて、麻酔薬の完成までこぎつけたが、人体実験を目前にして行き詰まる。

実母・於継と妻の加恵が実験台になることを申し出て、数回にわたる人体実験の末、加恵の失明という犠牲の上に、全身麻酔薬「通仙散」を完成。文化元年(1804年)10月13日、60歳の女性に対し通仙散による全身麻酔下で乳癌摘出手術に成功。これは、1846年にアメリカでジエチルエーテルによる麻酔よりも40年ほど前のことであった。

その後、華岡青洲の名は全国に知れ渡り、患者や入門を希望する者が彼のもとに殺到した。また、青洲は、門下生の育成にも力を注ぎ、医塾「春林軒(しゅんりんけん)」を設けた。





かつらぎ町


中央の船岡山を挟んで左が背の山右が妹山




穴伏 穴伏川
街道はJR線路のすぐ上を渡っていたようであるが橋はないので下の妹背橋を渡る

ここからかつらぎ町
妹背橋を渡った東詰から川沿いに入りJR線を越え高田の集落に至る
穴伏川を越える小田井用水路
龍の渡井(たつのとい)
小田井用水は、紀ノ川の中流、小田統合井堰(高野口町小田)から、高野口町・かつらぎ町と紀の川市(旧那賀町・粉河町・打田町)および岩出市一帯の1,072町歩の田畑を灌漑する総延長33キロメートルに及ぶ。
1707~1710年に大畑才蔵が藩主吉宗の命を受けて開削したもの
「龍之渡井」はかつては木製であったが、現在は大正8年に作られたレンガ造りのものとなっている
JRの踏切を渡り線路沿いにしばらく行くと無人の西笠田駅
才蔵掘跡
宝永4年(1707)大畑才蔵が小田井用水を開削したとき、この一帯は固い岩盤のため最大の難工事であった。
 昭和40年(1965)背ノ山隨道が完成し用水路は変更された
背の山でJRをくぐり文覚橋を渡ると笠田まで紀の川氾濫原が続く
 笠田




笠田はかつて京都高尾の神護寺の荘園「桛田荘」であった。平安時代の「神護寺領紀伊国桛田荘絵図」(よく教科書にも載っている)に描かれている。文覚(真言宗の僧侶)が高雄山神護寺を再興するため後白河上皇に要求して寄進されたもの

伊都浄化センター(下水道処理施設)の建設にあたり石積みの護岸堤防が出土した。16世紀後半から17世紀にかけての築造と推定され、石造りの河川堤防としては日本最古の貴重な遺跡であることから平成10年に埋め戻し保存されている
紀の川氾濫原から見た背の山
宝来山神社
光仁天皇宝亀2年(771)和気清麻呂が八幡宮を勧請したことが始まり、のち高尾神護寺の僧文覚上人が社殿を造営(かつらぎ町観光協会)

猿田彦大神をはじめ四神が祭神として祭られ、一間社春日造の色鮮やかな四社殿は重要文化財に、脇社二殿も県の文化財に指定されている。
また、所蔵する「紀伊国笠田庄絵図」も重要文化財
文覚井(一の井)
神護寺の文覚上人(1139~1203)が開削した水路
穴伏川からひと山越え風呂谷川に落とし込みさらに分水され宝来山神社の東を通る

穴伏川から取水され山越えに向かう文覚井(一の井)
平野付近
大タニシ 用水路に沢ガニ




笠田(かせだ)の町並み 一字一石塔
往来安全や除災厄除を願い経文を一字ずつ墨書した石が埋納されているという
十五社(じごせ)の樟樹
笠田小学校横
幹周り 13.4メートル、樹高20メートル、枝張り25メートルで、全国で43位、近畿地方では第1位である。昭和33年(1958)4月1日、県の天然記念物に指定された。樹齢は、樹木医の診断によると、600年を越えている。(かつらぎ町HPから)
戎丁付近の町並み
JR笠田駅
桛田荘と官省符荘との境界の水路 アライグマが田んぼの水路で何か探してた

ラスカルではないとは思うけど