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大和街道4


蛭子付近の町並み 自転車屋
大藪の桧谷川を渡る手前にある
法華塔一字一石





妙寺

七郷井に沿って真っ直ぐな街道が続く

七郷井
「妙寺町谷尻に堰口があって、昔の妙寺・新田・丁ノ町・大藪・大谷・新在家・佐野の七ヶ村に灌漑していたので七郷の名が付けられた。
現在は小田井に統合され3,836mの連絡水路によって分水されている。灌漑面積は126.3町歩である。」(和歌山河川国道事務所HPから)
JR妙寺駅舎 古い町並みが続く
法花全部一字一石塔
(文政10年)
妙寺駅から東側

滝畑街道の終点
延命地蔵と法華一字一石墳
妙寺の東のはずれ(医大紀北分院手前)
この付近から見た紀ノ川上流


北へ曲がって行く角にある法華一字一石塚
先に見えるのは小田井用水に架かる橋
天満宮
小田井用水を渡る
軒先に馬留めがある造り酒屋
(中飯降駅近く)

この道標のある丁字路で左の道をとりすぐに国道24号線を越え、小田井用水に沿って進むとやがて嵯峨谷川を渡り.高野口町に入る





橋本市高野口町


嵯峨谷川を渡る和歌山線
高野口町大野の民家の玄関脇にある道標を兼ねた地蔵(台座に埋まりほとんど判読不能)
名倉の町並み
高野街道との辻
ここを左折しババタレ坂を登る

「明治33年紀和鉄道高野口駅が開設されて以来高野山への本道として賑わい多くの参詣客が徒歩や人力車で通ったところです。
高野山の杉材(育成99年毎)を九度山町入郷の営林署からJR高野口駅まで牛馬によって運ぶ際に駅手前の急な坂で牛馬がババ(糞)をしたためにこの先の天井川に架かる橋までが「ババタレ坂」と呼ばれるようになりました。」(高野口町案内板)

葛城館
明治33年高野口駅開設と同時に建てられた
賑やかであった往時が偲ばれる旅館が立ち並ぶ駅前付近

大正13年(1924)南海高野線が九度山まで延伸されたため高野山参詣の玄関口の役割は終わった。

住吉神社の常夜燈
街道はこの辻を右折
名古曽廃寺跡
白鳳時代の法起寺様式の寺院跡
一里松
和歌山市京橋北詰を起点とした伊勢(大和)街道の四箇郷の一里塚から数えて十里にあたる十里松であった
また、ここから北東150mのところから三彩蔵骨器が発掘され重要文化財となっている
吉原川を渡りると山田





橋本
山田大日堂付近 このあたりから銭坂城跡
JR線を越える
西(紀ノ川下流)方向
東方向
街道沿いにある大師の井戸(東家 橋本市内東家付近の町並み
巡礼観音この地へ来て亡くなった巡礼が持っていた観音像をこの地に祀って巡礼を供養した 椋の木の樹齢は
300年とか
高野街道に立つ道標 高野街道(左右)と大和街道(直進)との辻

西面「右かうや」「左京大坂」
北面「右 わか山 こかは」「左 い勢 なら はせ よしの」
橋本川に架かる松ヶ枝橋東詰にある社


(案内板)
その境内にある一里塚
旧高野街道東家渡場大常夜燈籠
(橋本市教育委員会案内板)
  
今日はこれで帰ります